大判例

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広島高等裁判所 昭和63年(う)280号 判決

被告人が前記自動車(以下「事故車」という。)を運転して少なくとも時速約70キロメートル以上の高速のまま本件事故現場の左カーブに差し掛かり,急制動をかけたために自車を横滑りさせて対向車線に進入,転回させた上,路外の石垣に激突させたという外形的行為自体は,衝突直前の事故車の状況を目撃したY及び衝突直後の事故車の状況と濡れた路面に残っていた事故車のスリップ痕を目撃したTの各供述調書,並びに事故現場に残された痕跡や事故車の損傷状況等に関する各実況見分調書とこれらに基づいて事故車の速度等を算出した鑑定書等の関係証拠により明らかであるところ,被告人は事故の衝撃により事故発生時点の記憶を喪失しているので,その時点における被告人の認識内容や心理状態について被告人自身が説明することはできないのではあるが,被告人が事故車を右のようにして走行させたことについては,前記供述調書や実況見分調書等によって認められる事故当時の気象及び道路の状況(事故現場はカーブの多い山間部を走る片側一車線,最高速度毎時50キロメートル,追越しのための右側はみだし禁止の交通規制のある国道186号線で,事故車進行車線の幅員は約2.95メートルの舗装道路であり,当時雨が降っていて路面が濡れていたこと)からすると,右道路を前記のような高速のまま安易に走行することは事故発生につながる危険が大きいことが通常客観的に予測し得たというべきであり,かつ事故発生前の被告人の行動とその記憶状態等に徴すると,被告人において右のような予測が不可能であったとは考えられず,ましてや事故発生の結果を認容していたとは認められないのであって,残るところは被告人において右のような危険性を認識しながら,そのような結果が発生することはないものと安易に考えて右のような運転行為に出たものと解するほかなく,したがってこのような行為が被告人の過失によるものと認めた原判決の事実認定に誤りはないというべく,この点についての所論は理由がない。

また所論は,原審におけると同様に,被告人が事故現場において左に転把しながら急制動した理由が不明であり,差し当たりの可能性としては,(1)何らかの病的原因,(2)前方を突然横切ろうとした第三者を避けるための緊急避難的行為が考えられるところ,このような事実がなかったとの証明がない限り被告人の過失の存在を認定することはできないというのであるが,この点についても原判決が正当に説示しているとおり,前記事実関係からして,被告人が事故車を運転して左カーブに沿って進行すべく左に転把したものの,高速のために曲がりきれずに急制動をかけたことが合理的に推認できるというべきであり,かつ所論にいう(1)又は(2)のような事実をうかがわせるに足る証拠があって始めて右推認を揺るがすことができるというべきところ,(1)の点については,被告人の捜査段階における各供述調書によれば,事故当日の3日くらい前から事故前の最後の特徴的な出来事と思われるK町内のドライブインでの昼食に至るまでの行動及び事故後に病院で意識を取り戻した後の出来事をほぼ正確に記憶していることが認められ,その間に何らかの病的な体験があったような形跡はうかがえず,他にそのような兆候があったことを示すような証拠はないし,(2)の点についていえば,事故直前及び直後を目撃した前記Y,Tらの各供述調書,さらには事故直後に現場を通りかかったNの供述調書にも,事故発生直前に事故車の進路上を横切るような人物はもとより,これらの関係者以外に事故車の進行や運転状況にかかわりがあったと思われるような第三者ないし障害物が存在したことをうかがわせるような供述部分はなく,他に右のような事実の存在をうかがわせるような証拠もない。また所論が,人間以外の小動物等が道路上を横切った可能性をもいうものとして,仮にそのような事実があったとしても,事故現場の道路状況,気象条件等に照らすと,そのことゆえに被告人の前記のような高速走行,ハンドル,ブレーキ操作の不適切が正当化されるいわれはない。いずれの観点からしても所論は採用の限りではない。

右のとおりであって,原判決には所論指摘のような事実誤認はなく,論旨は理由がない。

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